あれ、なんだかお会いしたことのある先生がテレビに出ていました。
〜〜〜〜〜〜〜〜(本文引用)
震災当時、東京の病院に務めていて、テレビなどで津波の映像を見て衝撃を受け岩手県に来ることを決意しました。「医師として仕事をしていたので、医師としてであれば何かできるのではないかと思ったので、ただその一心でした」
前川さんは震災後すぐに岩手医科大学に連絡を取り、2011年6月から県立宮古病院で循環器内科医として勤務を始めました。
前川さんは「困っていることは何でも聞く」をモットーに外来患者の診察など、12年間患者に寄り添い続けてきました。
患者
「私は長い間お世話になった先生で、本当に命も救われて今があるので寂しい気持ちでいっぱいですけど、先生には先生の人生があるので、私たちも我慢しなきゃならないなと」
「自分が偉い資格があったり、偉いキャリアがあったりというのは無いんですが、
一人の医者として患者さんや家族に必要としてもらえる人でありたい」
「次の目指すべき目標というか、やっていきたいことを見出させてくれて、実際にそういうことをやることができた12年間だった」
前川さんは離任後、地元に戻っても地域医療に携わっていくということです。
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いい先生だとは知っていましたが、
こんなに熱い想いを持って異動され継続して勤務されていたとは
こんなにすばらしい、ほんとにすばらしいとしか言いようのない活動をされていた
ということを知りました。
あの時、僕にはできなかったこと、
だけど、したかったことを実際にしていた先生の行動力と継続されていたことに脱帽です。
地元に帰られてもきっと本当のお医者さんとして頼りにされていくだろうなぁと思いました。
前川先生、ほんとうにお疲れ様でした。これからのご活躍、祈念しております。