あの東日本大震災から15年が経ちました。
いままで、いつか行かなくては、自分の目で見てこなくては、と思ってはいましたが
なかなか、どうしても行けなかった南三陸に家族と一緒に行ってきました。

あの震災でも落ちることのなかった釣石神社と
階段の上の方にある、あの青い印まで津波が押し寄せたという実際の高さ

おそらくここにもたくさんの家があったであろう場所が、15年経っても何もないという事実

自分たちが被災しているにもかかわらず、懸命に被災地の住民のために活動した石巻赤十字病院

テレビのなかで、報道を通して見ていたものと
実際、被災地に行き、自分の目でみて感じたことには大きな違いがありました。

とくに南三陸さんさん商店街の佐良スタジオという写真館の中に展示されていた

津波によって多くの命が失われた防災庁舎周囲の経時的な写真を見た時の
どうしようもない、胸が張り裂けそうで、重苦しくなった気持ちは、だれかに伝えようとしても
なんといっていいか、どうやって伝えたらいいかは今もわかりませんが

少しでも被災地支援になればと、ちょっと贅沢な海鮮丼を頂きました。
すごく、美味しかったし、胸に来るものがありました。
大学時代に過ごした山形の冬の名物「あじまん」に並ぶ子どもさんの
「おとうさん、あじまん買って〜〜、買って〜〜〜」
「待って、おかあさんに聞いてから、ね」

という当たり前の会話、当たり前の幸せが
一瞬にして奪われてしまったあの震災を僕たちは忘れてはならないと思います。

できること、できたことはほとんどないかもしれない
でも、
あの震災を感じることができた僕たちは、
未来にこの経験を伝え、次の震災にしっかり備えていかなくてはなりません。
悲惨さだけでなく、その対応をしっかり伝えていくこと
僕たち災害医療に関わる医療従事者の使命なんだと思います。








